20分

私がバスを降りて、ラジオ局の勤務開始時間まで20分の時間があります

私は普通に歩けばバス停から局まで6分でつく距離を
あちこちより道しながら20分かけます(苦笑)

・・・で、昨日はザビエルの教会に初めて入ってみました。
もの静かで、聖域という雰囲気です。
公衆電話機も大正時代を思わせるようなレトロなものでした

そのロビーに本棚があり、その中の「うつ病」に関する著書を少しだけ読ませていただきました。
現在私の友人が鬱病のためです。

彼女は今年の初めまでは、ほがらかで元気で
パソコンの講師などをしていました
(・・・で私はその助手のバイトをさせていただいたことがあります

著書の一部にこう書いてありました。
「何事にもくよくよせず楽天的に生きていけたらどんなによいだろうかとあなたは思うかもしれません。しかし、あなたが夢想するような人は自分も苦しまない代わりに他人の苦しみも分からないのです。」

現代人は心が病んでる人が多く、自責の念にかられれば、かられるほど、その生き方は苦しいものになってしまいます。

心理学で学んだことがありますが、「躁鬱」や「欝」はすべての人がもっているもので、
それが病となるかどうかの境目については、判断が難しいとのことでした。

他人の苦しみがわからない人間にはなりたくありません。
しかし、病に伏せるまで自分を苦しめてしまうのも哀しすぎます。
「心の病」は自分との戦いです。
それを脱したとき、周囲への見方・考え方もかわるでしょうし
「心の病」をかかえている人への気持ちにも寄り添えるでしょう。

どうして、そんなことが言えるのかって?
私も10年前は過食症で悩んでいたからです