そのままの器で
その人がすごい人かどうかは周囲が決めることであって
その人自身が決めることではない、と思う。
ましてや、自分で「自分はすごい」と言ってしまうのはもっての他で
思っていても言わないほうがいい、と思う。
(一緒に喜びや悲しみを分かち合える親しい人は別yo。)
これは、実質モテない人が
「私って結構モテルのよ」と言っているようなものだと思う。
自信がないから、自分で言う。
本当にモテルのであれば、そんなこと言わない、と思う。
自分がいかにすごいかをアピールしている人は近寄り難い。
しかも、人の話は聞かない。
そういう人に限って、自信満々に
「もっとどうしたらいいと思う?」
なんて仕事の作品について聞いてくる、から困る。。
今までごまかしてきたけれど
今日は特にしつこく聞いてくるので
それでもやんわりと、告げてみた。
しかも、ほんのさわりをちょこっとだけ。
たぶん、これは私でなくとも、その世界に全くの素人さんでも、
同じことを言うと思う、ようなことを
・・・・・
彼は開きなおった(苦笑)
「それは理想論だ」
と言われた。
技術の悪いものを安くで売るより
「○○の技術をもう少しだけあげた方が」
といったようなことを、例をあげて、たぶんズバリと言ってしまったのだと思う。
そしたら「それは理想論だ」と言われました。
「いいものを作るには、コストがかかるから無理だ」と。
けど、彼は制作ソフトを持っている。
外注しなくても
制作技術を磨くだけに、コストはかかるだろうか
だったら彼はなぜ私にアドバイスを求めたのだろう?
「すばらしいサイトですよ」と言ってほしかったのだろうか?
わからないけれど、
わからないけれど、
嘘は言えませんでした。
冒頭の言葉に戻るけれど
自分を必要以上に大きく見せるのは、とても虚しい行為のような気がします。
たぶん、本人も苦しいと思う。
人の意見に左右されやすいのは考え物だけれど
全然聞き入れないのも、可愛そうな人だと思う。
ある人が言っていたのだけれど
「本当にすごい人は、自分の業績を振り返らないですよ。
人に対して、過去の業績を並べて見せないですね。
たえず、前を向いていて、次何をしようかって考えています」
目から鱗でした
世界は広い
井の中の蛙にならないようにいたいものですne
その人自身が決めることではない、と思う。
ましてや、自分で「自分はすごい」と言ってしまうのはもっての他で
思っていても言わないほうがいい、と思う。
(一緒に喜びや悲しみを分かち合える親しい人は別yo。)
これは、実質モテない人が
「私って結構モテルのよ」と言っているようなものだと思う。
自信がないから、自分で言う。
本当にモテルのであれば、そんなこと言わない、と思う。
自分がいかにすごいかをアピールしている人は近寄り難い。
しかも、人の話は聞かない。
そういう人に限って、自信満々に
「もっとどうしたらいいと思う?」
なんて仕事の作品について聞いてくる、から困る。。
今までごまかしてきたけれど
今日は特にしつこく聞いてくるので
それでもやんわりと、告げてみた。
しかも、ほんのさわりをちょこっとだけ。
たぶん、これは私でなくとも、その世界に全くの素人さんでも、
同じことを言うと思う、ようなことを
・・・・・
彼は開きなおった(苦笑)
「それは理想論だ」
と言われた。
技術の悪いものを安くで売るより
「○○の技術をもう少しだけあげた方が」
といったようなことを、例をあげて、たぶんズバリと言ってしまったのだと思う。
そしたら「それは理想論だ」と言われました。
「いいものを作るには、コストがかかるから無理だ」と。
けど、彼は制作ソフトを持っている。
外注しなくても
制作技術を磨くだけに、コストはかかるだろうか
だったら彼はなぜ私にアドバイスを求めたのだろう?
「すばらしいサイトですよ」と言ってほしかったのだろうか?
わからないけれど、
わからないけれど、
嘘は言えませんでした。
冒頭の言葉に戻るけれど
自分を必要以上に大きく見せるのは、とても虚しい行為のような気がします。
たぶん、本人も苦しいと思う。
人の意見に左右されやすいのは考え物だけれど
全然聞き入れないのも、可愛そうな人だと思う。
ある人が言っていたのだけれど
「本当にすごい人は、自分の業績を振り返らないですよ。
人に対して、過去の業績を並べて見せないですね。
たえず、前を向いていて、次何をしようかって考えています」
目から鱗でした

世界は広い
井の中の蛙にならないようにいたいものですne

| HOME |








